ソラが最近休んでた理由と、今考えていること

今、あらゆる教育問題が世間で叫ばれています。
部活動問題、いじめ、不登校、ブラック校則、変形労働時間制など…
教育に関する様々な問題は数え切れないほどあります。
そんな中私は敢えて、敢えていったん目をつぶっていたことを告白します。
もちろんそれら問題を軽視する意図は、決してありません。
一つ一つが非常に大きな問題で、今でも1人でも多くの人が考えて議論をしていく必要があると思っています。

ソラを立ち上げたのは「教育を、誰にとっても楽しくてステキなものにしていきたい」という思いからです。
そのためには正の側面だけではなく、負の側面にも目を向ける必要があると考え、各種教育問題について取り上げています。

ただ正直どうしても、ソラを通して入ってくる情報によって、精神的に暗くなっていくことが多々ありました。
それによって具合を悪くしてしまうのであれば、いったん目をつぶることも必要だと判断しました。
最近、Twitterやサイトの更新が滞っていたのはそのためです。

そしてその間、本を読むことに多くの時間を割いていました。
教育にまつわる本だけではなく、経済、心理学、哲学、科学技術、美術、日本文化…などなど、あらゆる情報を集めることで、改めて教育という業界を見直そうと考えました。

それを踏まえ、最近考えていることを、まとめたいと思います。

 
 

2050年代の未来にむけて

今年採用試験を受けた大学4年生(22歳)は、今の制度が続くと仮定すると、2056年に定年退職する計算になります。
2050年代の世界って、一体どうなっているのでしょうね。
2045年にはシンギュラリティといって、AI(人工知能)の性能が人間の知能が上回るということが起こると言われています。
あらゆる全ての産業は大きな影響を受けるわけです。
発達したAIの到来によって、多くの職が無くなり、また新たな職が生まれ、社会のあり方が大きく変わることは避けられないことと思います。

今の若い世代は特に、シンギュラリティ以降の世界について考える必要があると思います。
そんな世界で、教育における役割やそのあり方は一体どのように形を変えていけばよいのでしょうか。

 

変わらない学校

そもそも日本における「学校」というシステムは、約140年前に近代ヨーロッパをならって始まりました。社会がこんなにも変わったのにもかかわらず、ほとんど今も形を変えずに動いています。

黒板とチョークという“メディア”による一斉教育は、当時もっとも費用対効果が高い方法だったのでしょう。
学習の質のみに焦点を当てるならば、家庭教師のように生徒1人に対して先生を1人ずつ配置するのが、本来なら望んだことでしょう。しかし経済的にも人材的にも、現実的では有りませんでした。
今や我々は、スマホやタブレットという個別に最適化可能な“メディア”を持っています。現時点での技術でも、ビッグデータを活用し、学習者の学習状況に合わせた効率的な指導をしているサービスがあります。
今の黒板による一斉学習というスタイルは唯一最高の方法ではなく、あくまで1つの手段に過ぎなくなるのだと、意識を変えていく必要があると思います。

 

”今”ってどんな時代だろう

長期的な視点で”今(2010年代)”という時代のフェーズを振り返るとすると、AI以前とAI以後のちょうど狭間に位置していて、「技術的な改善策がありながら、政治的文化的な障壁によって解決できずにいる時期だった」と考えるのではないかと思います。

少なくとも多くの事務処理系のような雑務は、近い将来は技術的なシステムによって簡略化されることでしょう。
例えば定期考査等では、現状として以下のような手順を踏んでいることと思います。
パソコンで作成したテストデータを、紙に印刷して配り、生徒は紙でテストを受けて、先生は紙の上で採点をして、電卓を叩いて点数を計算して、その数字を慎重にパソコンに打ち込んで、そのデータをまた紙に印刷して生徒に配るわけです。
すべての学校で同じ工程だとは言いませんが、だいたいこのような流れではないでしょうか。
仮に生徒一人ひとりにタブレットがあるのなら、テストをタブレットで回答すればいいわけです。その瞬間に自動的に採点も終わり、その瞬間通知表まで完成するわけです。

現状、このような事は技術的に可能だと思うのです。
そして、これは1つの例に過ぎず、私が気づかない範囲にも、多くの自動化できる事はあるでしょう。

教師の仕事が多忙化している、かつ教師のなり手が不足している。このようなことを聞くたびに、だったらなぜロボットに仕事を投げないのだろうと疑問に思います。
もしも自分が、強い権限を持った立場だった場合、大きく舵をとってそのような方向に持っていくと考えるような気もします。
現状そうなっていない理由は「人間と言うのは、今あるロボットよりも低コストで働いてくれるから」だと推測します。
少なくとも「マンパワーで頑張る事が大切だ」「時間をかけるからこそ良い教育ができるのだ」こういった価値観から脱却できない限り、多くの問題は、まだまだ解決するのに難航する気がしています。

 

未来を考える

シンギュラリティを提唱した、米国の未来学者のレイ・カーツワイルは言います。
「人はたいてい、今の進歩率がそのまま続くと直感的に考えているが、テクノロジーの進歩は常に加速度的である。
30年後の未来を想像する際に、今から30年前を思い出し、それを参考に予想しようとするが、それはきっと大きく外れることであろう。
20世紀の100年間に達成されたことは20年間でやり遂げ、その先の20年分の進歩を14年でやり遂げ、その先の20年分の進歩は7年でやり遂げると予測する。」
このような、圧倒的なスピード感で技術は進歩していると言います。

中にはシンギュラリティに対して否定的な考えを持つ学者もいるようですが、30年後の予言はもはや原理的に不可能だと思います。
しかしどのみち、その未来における人間の在り方は大きく変わることでしょう。
当然、教育における価値観も、今とは全く変わることになるでしょう。

未来を見据え、逆算的に今の教育を考えていきたいと思っています。

SORA Written by:


One Comment

  1. 匿名
    2018年09月04日

    肉体労働を必要としない近未来。現在のブラック労働者は、子孫を残せず、人口が減少している。そんな中、生まれた子供は、言わば、選ばれし者。頭脳も人間性も優れている。人口が減れば、汚染された自然も回復して、ロボット先生は、理不尽を言わないし、ユートピア?しかし、他国にはまだ、野蛮な暴力が存在する。さてどうする? 未来の子どもたち。

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